2009年10月4日日曜日

(9月30日)IMF金融機関損失推計額

9月30日にIMFが世界の金融機関の損失推計額を発表した。盛り込まれている内容は多彩で大量なので、興味のあるところだけをメモする。

IMF Global Financial Stability Report
September, 30 2009
http://www.imf.org/External/Pubs/FT/GFSR/2009/02/index.htm

新聞のヘッドラインなどで注目されている損失推計額は全世界で3.4兆ドルとなり、4月時点の推計結果である4兆ドルから6000億ドル少なくなった。ただし、今回の金融安定性レポート(GFSR)では、国別の内訳を公表していない。こういうリサーチについては、時間と供に情報が集まることによってより精度の高い分析が可能となったり、追加的なデータを加味したりすることで前後の比較が出来なかったりするわけだが、注目度もそれなりに高いので、そういう「どれだけ良くなったか(悪くなったか)」という方向感を気にする人にとってはこういった前後の数値が比較不可能な場合はフレンドリーではない。

その損失推計額についても、文章でシレッと「Consequently, our estimates of actual and potential global writedowns held by banks and other financial institutions have fallen by some $600 billion from about $4 trillion to $3.4 trillion.」(銀行及びその他の金融機関が保有する資産からの既往及び潜在的な世界の損失額についての我々の推計値は、4兆ドルから3.4兆ドルに6千億ドル程度減った)と述べているだけで、銀行部門(だけ)は別途後述で分析すると書いてある。IMFの公表値から資料を作りたいものにとってみると、その時のスナップショットでの分析は可能だが、時系列の動画による変化は見られないと言うじれったい状況だ。

その、銀行部門の地域別損失推計額は、資料のTable1.2で公表されている。ただ、その表を発表する前にも様々な注釈が書かれている。例えば、今回の世界の銀行部門損失推計額は合計2兆8090億円と発表されており、前回4月公表時点では、銀行部門の損失推計額は合計2兆8100億ドルと発表されており、ほぼ横ばいの数字になっている。

ただし、「Using our revised methodology, we estimate bank (actual and potential) writedowns of $2.8 trillion on bank holdings of both loans and securitie (Table 1.2).10 Although unchanged from the April GFSR, this figure masks improvements in market conditions that reduced mark-to-market losses.」(我々の"修正された方法"を使えば、銀行が保有するローンと証券化商品による既往そして潜在的な損失額は2.8兆円と推計する(1-2表の通り)。4月の金融安定性レポートから金額はほぼ変わっていないが、この(表面的な?)数字は時価を反映することによる損失が減っているというような、市場環境の改善を覆い隠している)と述べられているように、スナップショットだけをつなぎ合わせて、その背景にある計算手法が同一でないことから、前回との単純な比較は出来なくなっている。小さく注記で書かれている部分には、前回の金融安定性レポートと同様の方法で計算したなら、2.8兆ドルの銀行部門損失推計額は、今回2.5兆ドルに減額していると既述されている。実質的には改善しているが、表面的には変わっていないように見えると言う複雑な状態だ。こういうことを細かく見て書かれている資料は少ないため、マスコミのヘッドラインだけで銀行問題がどうなったかと言うことについてちんぷんかんぷんな五里霧中状態に入り込むリスクがあるので、常に気をつけていることだが分析を読む場合は「前提がどうなっているか?」をみることは凄く大事だ。
実際に数値を見てみると1-2表は以下の通り。

10億ドル       推計保有額  推計損失額  損失率:%  保有資産  損失額
              ①        ②      ②/①    占有率:% 占有率:%
米国銀行
ローン
住宅モーゲージ     2,981     230      7.7      23.7     22.4
消費者ローン      1,115      195     17.5       8.9    19.0
商業用モーゲージ   1,114      100      9.0       8.9      9.8
企業ローン       1,104       72      6.6       8.8      7.0
海外向けローン    1,745       57      3.3      13.9      5.6
ローン合計       8,059      654      8.1      64.2     63.8
証券化商品
住宅モーゲージ    1,495      189      12.7      11.9     18.4
消費者ローン      142       0       0.0      1.1      0.0
商業用モーゲージ   196       63      32.0      1.6      6.1
企業ローン       1,115      48       4.3      8.9      4.7
政府向け         580       0       0.0      4.6      0.0
海外部門証券化商品  975      71       7.3      7.8      6.9
証券化商品合計    4,502     371       8.2     35.8     36.2
合計           12,561    1,025      8.2    100.0    100.0

英国銀行
ローン
住宅モーゲージ     1,636     47       2.9     19.5      7.8
消費者ローン       423    66       15.7     5.1      10.9
商業用モーゲージ    344     39       11.2      4.1       6.5
企業ローン        1,828     83       4.5     21.8      13.7
海外向けローン     2,514    261      10.4     30.0      43.2
ローン合計        6,744    497      7.4      80.6     82.3
証券化商品
住宅モーゲージ      225     27      12.0      2.7      4.5
消費者ローン        58      4       7.4       0.7      0.7
商業用モーゲージ     51      12      23.5      0.6       2.0
企業ローン        258      25      9.5      3.1       4.1
政府向け          360      0      0.0       4.3       0.0
海外部門証券化商品   672     39      5.8       8.0       6.5
証券化商品合計     1,625    107      6.6       19.4     17.7
合計             8,369    604      7.2      100.0     100.0

ユーロ圏
ローン
住宅モーゲージ     4,530     47      1.0       19.8      5.8
消費者ローン       675     27      4.0        2.9       3.3
商業用モーゲージ   1,272    40      3.1        5.6      4.9
企業ローン       5,018    85      1.7       21.9      10.4
海外向けローン    4,500    282      6.3       19.6      34.6
ローン合計        15,994    480      3.0       69.8      59.0
証券化商品
住宅モーゲージ      966    130     13.5        4.2      16.0
消費者ローン       271      5      1.9        1.2       0.6
商業用モーゲージ    264     62     23.5        1.2        7.6
企業ローン       1,316     22      1.7       5.7       2.7
政府向け        2,146     0      0.0        9.4       0.0
海外部門証券化商品 1,943    113      5.8        8.5       13.9
証券化商品合計     6,907    333     4.8       30.2       40.9
合計           22,901    814      3.6      100.0      100.0

その他成熟欧州地域銀行(デンマーク、ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、スイス)
ローン合計        3,241    165     5.1       81.6       82.1
証券化商品合計      729     36      4.9       18.4      17.9
合計            3,970    201      5.1       100.0     100.0

アジア銀行(豪州、香港、日本、ニュージーランド、シンガポール)
ローン合計       6,150     97     1.6         78.1      58.4
証券化商品合計    1,728     69     4.0        21.9      41.6
合計            7,879     166     2.1       100.0      100.0

総合計
ローン合計       40,189    1,893     4.7       72.2      67.4
証券化商品合計    15,491     916     5.9       27.8      32.6
合計           55,680    2,809    5.0       100.0     100.0

(この表を作るのがものすごく面倒だった・・・・)

米国銀行の損失の内訳で大きいのは、損失額占有率を見るとローンの中の住宅モーゲージや消費者ローンに対する損失率が大きい。それぞれ、損失全体の22.4%、19.0%となっている。証券化商品の住宅モーゲージは18.4%あるが、どちらかと言うと証券化商品という間接金融ではなく、ローンと言う直接金融の方がやられている。米銀を大手行と中小(地方)金融機関にザックリ分けると、証券化商品は大手行が中心になってやっているところだが、この前の会計基準の緩和(下記FASBが公表したフェアバリューについての考え方で、流動性の低下した商品の時価評価におけるフェアバリューは、その投売り価格で評価するのではなく柔軟に考えるといったこと)などによって、極端な評価減は計上を免れるようになった。

NEWS RELEASE 04/09/09
FASB Issues Final Staff Positions to Improve Guidance and Disclosures on Fair Value Measurements and Impairments
http://www.fasb.org/cs/ContentServer?c=FASBContent_C&pagename=FASB%2FFASBContent_C%2FNewsPage&cid=1176154545286

この会計基準の影響がどの程度銀行の損益にあったのかということは、内部者や実際に計算した者でないと全く分からないのであるが、少なくとも証券化部分についてはある程度問題は緩和された(悪い言い方をすると先送りされた)と言える。ただし、直接的にローンを保有している中小金融機関については、貸倒損失や金利の延滞率が増えていることからダメージはこれから大きくなってゆくと考えられる。証券化商品は商品を組成して他者に売っているのであれば、リスクはある程度移転されている。しかし、銀行の本業である貸付で商売しているところはそういった資産を抱えているため、段々負担が重くなるのだろう。

一方、ユーロ圏や英国を見ると、損失額の4割前後が海外向けローンでやられていて、その点の問題が大きいようだ。レポート文章を読むと、欧州系銀行は進行ヨーロッパ地域(東欧)への貸し出しが大きく、そういったところの資産の劣化が銀行部門の推計損失額を大きくしていると述べている。スウェーデンやオーストリア、ギリシャなどの銀行が、対外貸付での損失を指摘されているが、ただし、そういったものはマネージ可能でシステム危機にはならないだろうと評価されている。良く、BISの銀行国際間貸し出し統計で、欧州銀行の対外貸し出し規模が大きいことがあちこちで指摘されているので、上記のような欧州銀行が抱える問題はある程度想定済みといえる。

GFSRのレポートの最後あたりの表には、国別不良債権比率も出ていて、ラトビアが10.7%(2009年5月)、リトアニアが11.3%(2009年6月)、ウクライナが29.9%(2009年6月)と、まぁ酷い。各地域それぞれ不良債権比率が上昇しているので、それなりに海外貸し出しをしているところは影響があると言える。従来から欧州の銀行の実態は良くわからないといわれているが、このIMFのデータを見ている限りは、最悪期は脱したのかもしれないが、やっぱり良くわからない。

本当はもっとこのレポートで書きたいネタはあるのだが、長くなったのでとりあえずここまで。このレポートを総合的に評価するならば、金融問題はこれから時間をかけて解決してゆくでしょうという雰囲気をつかんだと言えば良いのだろうか。


《ニュース備忘録》

【ロイター】
ドル/円が89.40円に下落、藤井財務相発言で
2009年 09月 30日 19:07 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11731420090930

【ロイター】
日本の新幹線売り込み、IOC総会出席の首相に要請=国交相
2009年 09月 30日 17:49 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11729220090930

【ロイター】
中国軍、陸軍の70万人削減と海・空軍の兵力増強を計画
2009年 09月 30日 17:30 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11729020090930

【ロイター】
景気回復後は人材確保が最優先課題に=米調査
2009年 09月 30日 15:54 JST
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-11726020090930

【ブルームバーグ】
日銀がCPと社債買い入れ停止を検討、特別オペは見直しか(Update1)
2009/09/30 15:10 JST
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90900001&sid=akiSHesItvDk

【ロイター】
米上院委、医療保険改革法案に公的保険盛り込む案を否決
2009年 09月 30日 11:34 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11718820090930

【ロイター】
8月鉱工業生産は+1.8%、9・10月も緩やかな伸び維持
2009年 09月 30日 10:33 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11716320090930

【ロイター】
鉱工業分野は改善、過剰な生産能力が問題=中国国務院
2009年 09月 30日 09:50 JST
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-11714920090930

【ロイター】
英中銀、準備預金の早期利下げはないと示唆=説明会出席者
2009年 09月 30日 09:47 JST
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-11715120090930

【ロイター】
トヨタが米国で380万台のリコールを検討
2009年 09月 30日 08:29 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11712720090929

【ロイター】
トリシェECB総裁の後任、ドラーギ伊中銀総裁を推していない=外相
2009年 09月 30日 04:36 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11710820090929

【ロイター】
ロシアの外貨準備、将来的にカナダドルや豪ドルを加える可能性=中銀第1副総裁
2009年 09月 30日 01:24 JST
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-11710120090929

【ブルームバーグ】
FDIC、預金保険料の3年間前払いを提案-約450億ドル(Update1)
2009/09/30 01:21 JST
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90003017&sid=aO5l93v6UFTQ&refer=jp_news_index

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