2011年2月27日日曜日

(2月11日-2)エジプトムバラク政権の崩壊

エジプトのムバラク政権が倒れた。反政府デモの勢いはチュニジアに加え、親米政権であったエジプトをも飲み込んだ。「民主化ドミノの波」などと言われることもあるが、果たして「民主化」なのか。インフレと腐敗(圧制?)が民衆の不平不満となり、その矛先が政権に向かっているのは確かなのだが、その後の民主化を描く図面ができているかと言うと、これまで長年にわたってそのような政治土壌が無かったわけであるから、何らかの互助会あるいは反政府的な「組織」はあっても、政党として国を統治する機能があるかというと非常に疑問だ。唯一、国を統治できる機能を持っている組織は軍か、あるかどうかは分からないが徴税組織のようなものなのかもしれない。独裁政権の象徴であったムバラク大統領が辞任したまでは一つの通過点でしかない。今後のエジプトの統治がどのようになるかがエジプトにとって最も重要な問題であろう。

ムバラク前大統領は82歳なのかとびっくり。良く元気だこと。この政権崩壊と供に統治機構の緩みと前政権の不正蓄財追求に向けた報道は、チュニジアにもみられ、一種のパターンになっているような気がする。

ムバラク前大統領

スレイマン副大統領

簡単な経緯

ムバラク大統領の辞任を求めて広場に集まる市民

夜もキャンドルを持ちながらムバラク大統領の辞任のために抗議を続けるエジプト市民

1月14日 チュニジアのベンアリ大統領が亡命
1月25日 エジプト各地でムバラク大統領の退陣を求めるデモが始まる
1月28日 エジプト各地で金曜礼拝後大規模デモ。約100人が死亡。夜間外出禁止令発令
1月29日 ムバラク大統領が全閣僚の更迭を発表。スレイマン国家情報長官を副大統領に任命。デモ収まらず
2月1日 エジプト全土で100万人規模のデモ。ムバラク大統領再選を断念。
2月2日 カイロ中心部タハリール広場でラクダに騎乗した大統領支持派と反対派が衝突2月3日 オバマ大統領がムバラク大統領即時辞任と暫定政権発足を要求
2月4日 タハリール広場で「退陣の金曜日」の大規模デモ
2月5日 ムバラク大統領次男ガマル氏が与党国民民主党の政策委員長を辞任
2月7日 新発足したシャフィク内閣初閣議。
2月7日 グーグル幹部のワエル・ゴニム氏が解放。
2月8日 エジプト中央銀行が10~16億ドル程度のエジプトポンド買い介入
2月8日 スレイマン副大統領と野党勢力の合意により改憲準備委員会発足
2月9日 改憲準備委員会が大統領選立候補規定の見直しで合意
2月10日 米CIAパネッタ長官がムバラク大統領が同日辞任の可能性が非常に高いと発言
2月10日 夜、ムバラク大統領が即時辞任を拒否し、スレイマン副大統領に権限委譲
2月11日 スレイマン副大統領がムバラク大統領辞任を発表。軍最高評議会が権限継承。
2月12日 シャフィク首相が全ての国際的な義務や条約を守ると言明

この中東テレビのアルジャジーラの1月25日から出来事推移は、英語であるが良くまとまっている。



【産経新聞】
労働者のスト相次ぐ 11日に「挑戦の金曜日」大規模デモ計画
2011.2.10 22:56
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110210/mds11021022580008-n1.htm
【カイロ=大内清】混乱が続くエジプトでは10日、全国各地で賃上げなどを求める労働者のストライキやデモが相次いだ。ムバラク大統領の即時辞任を求めるデモが続く中、政権側は、公務員給与引き上げを発表するなど融和姿勢を示しているが、それを自らの権利確保の好機ととらえる労働者らが声を上げ始めた側面もある。こうした動きがさらに拡大し反大統領派のデモと歩調を合わせれば、政権にとっては経済活動の停滞と相まって大きな打撃となる可能性も出てきた。

 ムバラク大統領の即時辞任を求める若者中心の民主化グループはインターネット上で、11日を「挑戦の金曜日」と名付け、金曜礼拝後に再び大規模デモを行うよう呼びかけている。

【毎日新聞】
クローズアップ2011:エジプト・ムバラク政権崩壊 辞任拒否が裏目
2011年2月13日 大阪朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20110213ddn003030054000c.html
エジプトのムバラク前大統領は11日、前夜の「退陣拒否」演説から一転、首都カイロを家族と共に脱出し、30年にわたった権力を手放した。この急転直下の辞任劇の舞台裏で、一体何が起きていたのだろうか。そして、誰がムバラク氏の後継としてこの国を率いていくことになるのか。カリスマ指導者なき市民革命がこの国をどこに導くかは、今後の展開次第だ。【カイロ樋口直樹】

 ムバラク政権崩壊の最後の秒読みは10日夜、ムバラク氏の「不可解」な辞任拒否演説から始まった。

 「大統領は辞任するかもしれない」。10日夕、シャフィク首相のこの発言が報じられると、最大与党・国民民主党幹部からも「辞任しても驚かない」との感想が飛び出した。首都カイロのタハリール広場を埋める反大統領派の人々は狂喜乱舞した。だがこの夜、大統領の「辞任表明」を確信し、広場に押しかけた人々を待っていたのは、期待を裏切る「辞任拒否」表明だった。反大統領派の怒りは頂点に達した。人々は靴を脱ぎ、手で振り回しながら叫んだ。「あしたを見ていろ。決着をつけてやる」

 アラブで、靴で人をたたくのは最大の侮辱を意味する。難攻不落に見えたムバラク城は、広場からもあふれ出すほどの民衆の熱気と興奮の波に、のみ込まれてしまった。政権崩壊を確実にした辞任拒否演説には、不可解な点も多い。政府高官や与党幹部が相次いで「辞任の可能性」に触れ、それを追認するかのように急きょ同夜、大統領演説が設定されながら、結局、ムバラク氏はスレイマン副大統領への権限移譲を発表するにとどまった。

 大統領の側近も最大の同盟国・米国も、大統領の即時辞任は不可避だろうとみていた。大統領が名誉を保ったまま表舞台を去る機会(演説)を大統領周辺が設けたのではないか、との観測もあった。だが、大統領は改めて「即時辞任」を拒否。このため、「大統領は直前に演説内容を変えたのでは」との見方も出た。

 ムバラク氏の辞任表明の遅れは、後継者と目されてきたスレイマン副大統領への権力移譲さえもご破算にした可能性がある。11日夜、国営テレビで大統領の辞任を発表する副大統領の顔はこわばっていた。大統領権限は軍部へ渡ったからだ。


◆エジプト政権崩壊に至った経緯◆

1月14日 チュニジアでベンアリ政権崩壊
  25日 カイロやスエズなどで数万人規模の反政府デモ
  28日 金曜礼拝後大規模デモ
  29日 ムバラク大統領がスレイマン氏を副大統領に任命
2月 1日 「100万人」デモ。ムバラク大統領が次期選挙不出馬を表明
   3日 ムバラク大統領、米テレビに対し即時辞任を拒否
  10日 ムバラク大統領、テレビ演説で即時辞任を拒否
  11日 スレイマン副大統領がムバラク大統領辞任を発表

【時事通信】
ムバラク大統領が辞任=エジプト革命、18日目で成立-軍最高評議会が全権掌握
2011/02/12-02:11
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201102/2011021200022
【カイロ時事】エジプトのスレイマン副大統領は11日、ムバラク大統領(82)が辞任すると発表した。独裁政権が倒れたチュニジアに端を発したエジプトでの民主化革命は、大統領の辞任表明で1月25日のデモ開始から18日目で実現した。30年の独裁政権は終止符が打たれたが、急激な政変はエジプトを含めた地域の不安定化につながる可能性がある。

【読売新聞】
ムバラク一家、資産総額は5兆8400億円?
2011年2月13日09時35分
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110212-OYT1T00631.htm
エジプト大統領を辞任したムバラク氏の一家は、欧米に多数の不動産や銀行口座を保有し、資産総額は約700億ドル(約5兆8400億円)に上るとも言われる。スイス銀行は11日、辞任を受けて一家の資産を凍結しており、長期政権下で行われていた蓄財の実態調査の行方が注目される。

【朝日新聞】
ごね続けたムバラク氏 辞任演説のはずが…原稿書き換え
2011年2月16日1時30分
http://www.asahi.com/international/update/0215/TKY201102150472.html
【カイロ=古谷祐伸】エジプトの民衆デモで退陣したムバラク前大統領(82)は、最後まで辞任を拒みつづけ、結果として軍部に引導を渡された――。そんな内幕を、側近や米政府関係者らの証言に基づき、AP通信や米紙ワシントン・ポストが報じた。
AP通信によると、ムバラク氏は10日夜の演説で辞任を表明するはずだったが、演説原稿は土壇場で何度も書き換えられ、結局は強気の姿勢を示すものに変わった。家族が危機を乗り越えられると主張し、ムバラク氏が信じたためだという。 だが、これで国民の怒りが爆発し、中立を保っていた軍部も動いた。ワシントン・ポストによると、演説の数時間後に軍幹部がムバラク氏に会い、「自発的に辞めるか、追放されるか」を選ぶよう迫った。ムバラク氏は荷物をまとめ、家族と軍のヘリに乗ったという。

 11日午前11時半ごろ、大統領府から2機の軍用ヘリが飛び立つのを、朝日新聞記者が目撃しており、ムバラク氏が乗っていた可能性が高い。副大統領による大統領退陣の発表は、1分間もない短いものだった。閣僚会議の会場にあったムバラク氏の巨大な肖像画も、13日に取り外された。

大統領が辞任したので、Tahrir広場に散乱したごみを片付ける市民